東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2829号 判決
一 本件特許発明につき、昭和四五年一月二六日特許権の存続期間が満了するまで、控訴人が特許権を有したこと、その明細書の特許請求の範囲に控訴人主張の記載があることおよび被控訴人らが当時までの間に原判決添付別紙目録(一)、(二)の機械(本件機械)を使用したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本件機械が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
(一) 本件特許発明の右特許請求の範囲の記載および成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報)ならびに成立に争いのない乙第三六ないし第三九号証によると、本件特許発明は、
(1) 互に間隙を置いて上下ホツパーを設け、上部ホツパー内に螺旋溝を有する廻転排穀棒を設け、下部ホツパー内に受板を斜設したこと(なお、控訴人主張にしたがえば、Aの技術的思想に当る。)、
(2) 下部ホツパーの直下に断面<省略>状の多数の誘導溝を有する廻転ロールを設け、切断刃を設けた切断ロールを廻転ロールに並べて切断刃が廻転ロールの誘導溝に突き当るようにしたこと、
(3) 廻転ロールと切断ロールとの間に、廻転ロールと反対方向(両者の相対する面において)に廻る整流ロールを設け、整流ロールには多数の横溝を附けたこと、
(4) 整流ロールに沿つて廻転ロールとの間隙を調整自在にした櫛歯状の整粒盤を置き、整粒盤に設けた櫛歯状の溝と廻転ロールの誘導溝とが合致するようにしたことという構成要件からなる麦の立割装置であり、この構成によつて、その明細書の発明の詳細なる説明に記載のように「周囲に螺旋溝を設けた排穀棒の廻転により、上部ホツパー内の麦粒は排穀棒の螺旋溝を案内として等量ずつ下部ホツパー内に落入り、同ホツパー内に斜設した受板に衝突して散粒し、順次廻転ロール上に一様に厚薄なく落下される。」、「麦粒は廻転ロールと反対(両ロールの相対する面において反対と解される。)に廻る整流ロールにより重なることなく櫛歯状の整粒盤の溝と廻転ロールの誘導溝により構成された流動孔に流れ、ここにおいて、麦粒は一定方向すなわち第7図に示すように並び、切断ロールの切断刃により褌に沿うて切断される。」、「麦粒は習性上、廻転ロールの誘導溝を断面<省略>状としたため、第6図に示すように誘導溝上に安定し、正確に一定方向に流れ、その結果褌に沿うて真中から二つに正確に切断される。」、「上部ホツパーと下部ホツパーの間に間隙を設けたため、麦粒の落下量を目測することができ、整流ロールには多数の横溝を附けたため、これにより麦粒は押し返されて廻転ロールの誘導溝に落ちる。」、「麦粒の大小に応じ櫛歯状の整粒盤と廻転ロールの間隙を調整し、もつて一粒ずつ流して正確に切断することができる」という作用効果を奏するものであること、なかでも、(1)のように、ことさら、上部ホツパーと間隙を保つて下部ホツパーを設置し、下部ホツパー内に受板を斜設する構成をとつたことから推すときは、上部ホツパー内の麦粒が「下部ホツパー内に落入り、同ホツパー内に斜設した受板に衝突して散粒し、順次廻転ロール上に一様に厚薄なく落下される」という前示作用効果は、上部ホツパーから排出された麦粒が、下部ホツパー内の受板に衝突する作用によつて単に受板上に一様に分布するように散粒し滑降して廻転ロール上に落下するのではなく、その受板に衝突して飛散し、さらに、下部ホツパーの内壁に当つて散粒し、順次廻転ロール上に一様に分布するように落下させられるものであり、遡れば、上部ホツパー内の排穀棒と下部ホツパー内の受板との間には、落下する麦粒が受板に衝突して飛散し下部ホツパー内壁に当つて散粒する程度の間隙があること、すなわち、下部ホツパー自体も麦粒を散粒させる作用に一役買つていることが認められる。控訴人は、本件特許発明において下部ホツパー自体は麦粒の運動に対し何ら作用するものでなく、麦粒の衝突、散粒、滑流の作用をするのは専ら同ホツパー内に斜設された受板である旨を主張するが、甲第四号証、第九号証、第六五号証、第六九号証、第七一ないし第七五号証中、右主張に沿う見解の記載部分は、たやすく採用することができず、他に前記認定を覆えして右主張を肯認するに足りる証拠はない。
(二) 次に、前記目録中、見取図(1)、(2)およびその説明によると、本件機械は、ホツパーの下端開口部に上下を開口した誘導子カバーを連接し、誘導子カバー内に全長にわたつて平行S字形の溝を設けた誘導子を横架し、誘導子の下方に三五度の傾斜を持つた樋平板を斜設し、樋平板の下端直下に近接して、多数の断面<省略>状の環状溝を周面全長にわたつて設けた麦粒挾持ロールを設置し、麦粒挾持ロールに対向させて環状溝に突き入る切断刃を有する切断ロールを設け、麦粒挾持ロールと切断ロールとの対向部前方に断面楔形の隔板を固定し、その内面に、作用面が麦粒挾持ロールの周面に対してほぼ垂直に取りつけられた固定整流板(但し、その下辺は、本件機械(一)においては鈍角に折り曲げられ、同(二)においては断面五辺形をしている。)をその下端が麦粒挾持ロールの外周に近接するように設け、根端を固定支持杆に取りつけた多数の板ばねの先にそれぞれ別個に固定した整粒歯を、その先方内面におおむね麦粒の横断面に相当する曲率を保つて縦に穿つた整流溝が麦粒挾持ロールの環状溝のほぼ中央に面するよう弾性的に設置し、切断ロールの全長にわたつて形成した環状の切断刃を、整粒歯の先端に切開した縦溝を通して麦粒挾持ロールの環状溝の中央部に対応して刃先が溝底に接近するように設けた麦粒切断装置であるが、このような構成により、ホツパー内に入つた麦粒は、誘導子の廻転により、誘導子の平行S字形の溝を案内として、誘導子カバーの下部開口部から樋平板上に射出され、同板上を滑降して麦粒挾持ロール上に落下し、大部分が麦粒挾持ロールの環状溝内に落入するが、落入しないで麦粒挾持ロールの突縁に浮乗したり、環状溝内に落入した他の麦粒上に重なつたりした一部の麦粒は、固定整流板の作用面に衝突してほぼ逆方向に反撥され、麦粒挾持ロールの環状溝内に落入し、縦方向に安定して麦粒挾持ロールの周面とともに進行し、環状溝底面と整粒歯とによつて弾性的に保持されている間に、整粒歯の先端部においてその縦溝を通る切断ロールの切断刃により褌に沿つて正確に切断されるという作用効果を奏するものであることが、その構成自体から認められる。
控訴人は、本件機械においてはホツパーの下辺に樋平板が斜設され、麦粒を衝突、散粒させる作用を営む旨を主張し、甲第六五号証、第六九号証、第七一ないし第七五号証には、本件機械においても、麦粒がホツパー下辺に設けられている樋平板に当り多少跳ねる現象が生じるところ、これは本件特許発明の下部ホツパーに設けられた受板の作用と変りがない旨の記載があるが、右記載中、少くとも、本件機械の樋平板が麦粒に与える現象をもつて本件特許発明の受板の作用と同質のものとする見解の部分は、にわかに採用することができず、他には、右見解に合致する趣旨において控訴人の右主張を肯認するに足りる証拠はない。
(三) そうすると、本件特許発明と本件機械とは、ともに麦粒をその褌に沿つて切断する機械であつて、麦粒をホツパー内から定量ずつ下方に排出し、これを傾斜した板で受けて誘導溝付の廻転ロール上に落下させ、さらに、整流手段で整理して誘導溝内の定位置に導いたうえ、切断刃によつて褌に沿つて切断する工程を順次に経由する点において共通しているということができる。
しかしながら、前説示から明らかなように、本件特許発明においては、麦粒を廻転ロール上に厚薄なく一様に分布するように落下させる手段として、上部ホツパーとの間に適当な間隙を置いて下部ホツパーを設け、かつ、その内部に受板を斜設するという前示(1)の構成(控訴人主張のAの技術的思想に相当する。)を要件とし、受板には麦粒を飛散させる作用があるのに対し、本件機械においては、単一のホツパーの下辺に樋平板を斜設しているだけで、下部ホツパーの設置がなく、樋平板にも麦粒を飛散させる作用がないのであるから、本件機械は、そもそも控訴人のいうAの技術的思想を欠き、本件特許発明の右要件を充足しないものといわざるをえない。
なお、甲第四号証中、本件機械における樋平板の設置は、本件特許発明における下部ホツパーの前壁板と同一の作用効果を営み、その設置の省略を可能とするから、その点に関し、本件機械は本件特許発明の設計変更にすぎない旨の見解の記載部分は、さきに排斥した作用効果に関する記載部分と同様、排斥を免れず、他に、本件機械が、本件特許発明の下部ホツパーの具備を欠きながらも、その点に関する前記(1)の構成要件を充足したものと同視されるべきことを肯認するに足りる証左はない。
(四) 以上のとおり、本件機械は、本件特許発明の(1)の構成要件を充足しないから、それだけで既に本件特許発明の技術的範囲には属しないものというべきであり、したがつて、本件機械が本件特許権を侵害したことを前提とする損害賠償請求は、結局、その余の判断をするまでもなく理由がないことに帰着する。
三 よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却する。